April 28, 2005

コンテンポラリーアートを巡る旅

naoshima

なんだかんだで、久々の更新。一度忘れると、とことん忘れてしまうようだ(やや反省)。

明日からは、待ちに待った大型連休のはじまり。前々から計画していた「コンテンポラリーアート漬けの旅 in 直島」に出発する。

まずは高知に降り立ち讃岐うどんを食し「イサムノグチ庭園美術館」を鑑賞する。夜は讃岐うどんを食し、そのまま宿泊。次の日の朝、高知港よりフェリーにて直島に上陸し讃岐うどんをつまみながら、「家プロジェクト」をまわる。
宿にチェックインした後はベネッセアートサイトを眺めたり、適当に。翌日は「地中美術館」を一日かけてゆっくり見て、最後にトリを飾るのはタレルの "Open The Sky (Night Program)" 。
最終日はフェリーで岡山に移動し「奈義町現代美術館」で、荒川修作+マドリン・ギンズ。おととしの「養老天命反転地」以来の再会ですな。

という、涎が出そうな充実のスケジュール。楽しみである。

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March 06, 2005

瀧口修造:夢の漂流物

takiguchi_art シュルレアリズム(超現実主義)を日本にいち早く紹介した、瀧口修造。東京では初となる、彼の蒐集品を集めた展示会が世田谷美術館で行われている。

 日本のコンテンポラリー・アートの縮図とも言える、数々の交流の物語る品々。それにしても、すごいヴォリュームがあってすべて見てまわるだけでも、相当疲労する。というのも、それぞれの作品が投げかけてくる「力」に、それぞれ真剣に向き合っていくためには、こちら側にもそれ相応の「集中力」が求められるからである。もし見に行く人がいたら、結構気合いを入れていった方がよいと思う(わたしはフラ〜っといったため、不意打ちを食らった感じ)。

 元々コンテンポラリー・アート、特にダダイズム、シュルレアリズムの系譜にあたるものは好きなのだが、今回の展示会を見て再度アートについて考えることとなった。帰りがけに『シュルレアリスムとは何か』アンドレ・ブルトン(著)を買い、休日の間に一回目を読み終わる(わたしは同じ本を概ね三回読む。一ヶ月くらいの間に)。

 この流れでいくと「マルセル・デュシャンと20世紀美術」(横浜美術館)も行っておきたい。それよりも、終わらないうちに「アーキラボ」(森美術館)にも行かなくては。一番行きやすいものほど、行くのを忘れてしまいそうだ。。

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August 24, 2004

四次元のプロジェクション

引き続き、読書週間。

アートとテクノロジーの創造的関係を、明解に評論した名著、『テクノデリック—鏡でいっぱいの世界』(椹木 野衣/著) をじっくりと読む。彼の著作は村上龍とのトークバトル『神々は細部に宿る』が有名だと思うが、現代アート(絵画、音楽、etc...)の美術評論家としての洞察力や解説能力は群を抜いていると思う。また、非常に示唆に富んでおり、読み手の知的好奇心をビンビン刺激してくれる。(おかげでこちらは思考の海に溺れることとなっている...)

アート表現において、絵画や写真が二次元だとすれば、その元になった被写体というのは三次元であろう。しかしながら、それに触れることができなければそれは二つの目による認識にすぎず、完全なる三次元ではない。人間の片目は二次元(平面)しか認識できず、立体感がその二つの視差におる錯覚である以上は。つまり、『2.5次元』(椹木)。

では、三次元の表現というのは、彫刻に代表される立体造形ということになる。この立体に光が当たると地面には当然その陰が投影される。または、その光と陰をフィルムに投影すれば、それが写真である。これらは「三次元のプロジェクション」と言えるだろう。強引だが逆もまた真なりという言葉を信じるのであれば、そのプロジェクションから元の三次元を(再現はできないが)想像することは容易いだろう。

さて、この法則から考えると、三次元で存在するものは「四次元のプロジェクション」であるとも言えるのではないか。わたしたちの知らない四次元に生きる生命体は、「視覚のみで」三次元を真に認識できるのかもしれない。残念ながら人間にはその能力がないようだから、陰から元の姿を想像するしかない。

三次元を追求することで、四次元を表現できるのか?
しばらく、わたしのテーマになりそうである。

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July 19, 2004

日本民藝館

ツーリングの疲れが微妙に残っていたのだが、日本民藝館を見に行った。

ここは昭和11年に民藝運動の先駆けであった柳宗悦が中心となり設立したもので、生活の中に根付く美しい民藝品を数々を蒐集・展示している。「用の美」を探求した彼の哲学が今なお受け継がれる場所であり、展示自体がアートと呼べるほどいろいろな気配りをもって配置されていた。現在は、宗悦の長男である(昨今のインテリアブームで有名になった)柳宗理が館長を務めている。

今回の特別展は李朝時代の工芸品。宗悦の民藝運動の原点というべき品々が数多く紹介されているさまを目の前にして、つくづく彼の審美眼に感心すると共に新しい発見と驚きの連続であった。
特に水滴は大きさ、バリエーションともにわたしのツボに入りやすいもので、いつかホンモノを手に入れてやろう!と心に決めた。ただ、李朝はいわゆるサライ世代(または、太陽世代)に人気があるので、値段も高いものが多い。とはいえ骨董市ではニセモノばかりなので・・・

今すべきことは良いものを数多くみて、自分の審美眼を鍛えることと知る。
海とは全く関係ないが、有意義な海の日であった。

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